血液の病気  

私の娘

私の娘

 当時小学5年生になったばかりの

 ドナーになってくれたはどんな気持ちだったのでしょうか。

 ドナーになった娘の事や、娘に対しての感謝の気持ちを記してみました。
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 命の恩人ともいえる私のドナーとなったのは当時小学5年生になったばかりの私の娘でした。

 ドナー探しで協力してもらったのは私の母親と弟、そして娘の3人にお願いしました。
母親と弟は白血球の型が3/6で娘の方は4/6でした。

 身内でドナーが見つかったと言うことはとてもラッキーな事だと思います。
手術の日や予定も立てやすくて事がスムーズにすすめることが出来ます。


☆ 移植の日  4月14日

 娘の学校の行事などに影響しないように考慮した結果4月14日に移植することになりました。
(5月に運動会があるためそれに参加できるように考慮しました。)

 移植の日の2日前に娘は入院しました。簡単な検査をして腕から点滴を通しました。
後で妻から聞いた話なんですが、娘は血管が細くなかなか針を刺すのに良い場所が見つからず何度も何度も刺されたみたいなんです。時には手の甲にも・・・。
「いっぱい刺されたのにミーちゃんは泣かなかったんだよ」聞いたときには目頭に熱いものを
感じました。

 「痛かったやろ、頑張ったね、ありがとう。」

 小学5年生になったばかりの娘はどんな気持ちでドナーになってくれたのでしょうか?
事の大きさをどこまで理解していたのでしょうか?(案外、理解してなかったりして・・・)

 それにしても妻が上手に話をして説得してくれたのだと思います。
妻にも感謝です。

 手術(骨髄採取)を終えて3日は入院していなさいとの事だったのですが2日目で「帰りたい」と
言い出したそうで先生に相談して「元気そうだしいいでしょう」との事で2日目で退院していきました。
本人はとくにどこか具合が悪いわけでもなくずーっと病室にいるのが退屈だったのでしょう。
それと食事が合わないのも理由の一つとか・・・。


 その後も元気に育ってくれて今では中学生になりました。

 姉弟喧嘩していても娘の方を叱らず下の子の方を叱ったりしてます。

 お金のかかることは限度がありますがそれ以外の「頼みごと」「お願い」みたいなことは何でも聞いてしまいます。

 甘いでしょうか?親ばかでしょうか?


☆ 娘へ 

 あの時は本当にありがとな。おかげでお父さんまた頑張れるようになったよ。
立派な大人になれるよう(あんまり立派じゃなくてもいいか)これからも応援していくよ!
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